魂が反応するもの

前回、
”ワクワクの正体は価値観なのかもしれない”
そんな内容のブログを書きました。
まだお読みでない方はこちらから
ワクワクの正体は価値観だ

そして、もう少し深いところまで言えるように思えます。

それは、価値観は魂とつながっているのかもしれないということです。

もちろん、
これは証明できるような話ではありません。
でも、人生を見つめていると、
そう考えたほうがしっくりくる瞬間があります。

何にワクワクするのか。
何に心が動くのか。
何を失うと苦しくなるのか。

そういう反応の奥には、
その人の表面的な好みではなく、
もっと深いところにある「本音」のようなものがある気がするのです。


価値観は、変わるというより思い出すもの

人は生きているうちに、
いろいろな経験をします。

仕事、出会い、別れ、失敗、成功。
そのたびに、自分の考え方が変わったように見えることもあります。

でも実際は、
価値観そのものが別人のように入れ替わるというより、
もともと持っていたものが、少しずつ見えてくるのではないでしょうか。

最初はうまく言葉にならなかったけれど、
ある出来事をきっかけに、
「ああ、自分は本当はこれを大事にしていたんだ」と気づく。

そんな瞬間があります。

価値観は、作るというより、気づいていくもの
そんなふうに感じています。

魂という言葉で見てみると

ここで少し、
価値観を「魂」という言葉で見てみたいと思います。

魂という表現が合うかどうかは人それぞれですが、
僕は、魂とは
その人の深い方向性のような視点も見て取ることがあります。

何を喜ぶのか。
何に違和感を覚えるのか。
そこへ向かうと、なぜか気持ちが落ち着く。

そういうものは、
頭で考えて作るというより、
もっと根っこの部分から出てくる気がするのです。

だから価値観は、
魂の声がかたちになったもの、
あるいは魂の向きが日常に現れたもの、
と考えてもいいのかもしれません。

『天使のくれた時間』が教えてくれること

この感覚を思い出させてくれたのが、
ニコラス・ケイジの『天使のくれた時間』でした。
ずいぶん前の映画なのですが

この映画は、
もしあの時、違う選択をしていたら——
というパラレルワールドを描いています。

主人公のジャックは、
成功と引き換えに手にした人生の中で、
ある意味では満たされていました。
でも、別の人生を体験することで、
本当に大切なものが何だったのかを知っていきます。

すごく印象的なのは、
彼が「失って初めて気づく」という形で、
自分の価値観を見つめ直していくところです。

あの物語は、
ただの“もしも”の話ではなくて、
本当に大切なものは何かを思い出す物語なんだと思います。

そしてそれは、
価値観が魂とつながっている、
という話にも重なります。

別の人生を見せられて初めて気づく。
でも本当は、ずっと前からそこにあった。
ただ、自分が見えていなかっただけ。

そんな構図です。

ワクワクは、魂の反応かもしれない

ワクワクも同じです。

何かを見てワクワクする。
誰かの言葉に胸が動く。
あるテーマにだけ妙に反応してしまう。

その反応は、
気分の浮き沈みというより、
魂が「それだ」と感じているサインなのかもしれません。

だから、
ワクワクを追いかけるというより、
ワクワクを通して自分の本音に近づいていく。
そんな感じのほうが、しっくりきます。

ワクワクは目的地ではなく、
本当の自分へ戻るための道しるべ。

そう考えると、
ワクワクの正体は価値観であり、
その価値観は魂の方向性でもある。

そういう一つの流れが見えてきます。


さいごに

僕たちは、
何か新しいものを外に探しに行くというより、
もともと内側にあったものを、
少しずつ思い出しながら生きているのかもしれません。

ワクワクの正体が価値観だとしたら、
その価値観は、
さらに深いところで魂とつながっている。

そんなふうに見ていくと、
日々の小さな反応も、
人生の大きな選択も、
どこかひとつの流れの中にあるように感じられます。

『天使のくれた時間』は、
その流れを静かに見せてくれる映画でした

もしも別の人生を生きたとしても、
本当に大切なものは、きっとどこかで僕たちを呼んでいる。
そんな気がしています。

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